著者

野田 俊也(ブリティッシュコロンビア大学経済学部 助教授/東京大学マーケットデザインセンター 研究員)

概要

 2020年12月、複数の製薬会社が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対するワクチンの製作に成功し、世界各国でワクチンの配布が開始された。パンデミックを速やかに収束させるためには、ワクチンを速やかに、効率的に市民に配布することが必要不可欠である。本稿では、ワクチンの配布に関するロジスティクスをマッチング・マーケットデザインの問題として捉え、望ましいワクチン配布政策のあり方を議論する。

COVID-19の世界的流行を巡る状況

 2019年に発生したCOVID-19は、またたく間に世界的な大流行になり、世界経済と社会厚生に甚大な悪影響を与えた。対応策として、多くの国が移動の制限や社会的隔離を推し進めたが、2020年中に流行を収束させることはできず、WHOの発表によれば、2021年1月12日時点で、世界中で直近7日間に495万人の新規感染者が発生しており、しかも新規感染者数は未だに増加傾向にある。(Weekly epidemiological update -12 January 2021

 COVID-19による社会に対するダメージが甚大であったことから、多くのワクチンの開発と承認が急ピッチで進められた。2020年12月時点で、例えばアメリカではファイザー社とビオンテック社の共同開発によるワクチンと、モデルナ社のワクチンの使用がすでに承認され、接種が開始されている。アメリカ疾病予防センター(CDC)の情報によれば、この記事を書いている2021年1月12日時点では、アメリカ国内ですでに2800万人分のワクチンが発送され、933万人が(2回接種のうちの)1回目の接種をすでに終えているようだ。(https://covid.cdc.gov/covid-data-tracker/#vaccinations

 日本国政府も、モデルナ社、ファイザー社、アストラゼネカ社とワクチンの供給に関する契約・合意を行っている。厚生労働省科学審議会予防接種・ワクチン分科会では、国民のCOVID-19ワクチンの大規模かつ効率的な接種、いわば接種キャンペーンの実施方法がすでに検討され始めている。

政策目標

 治療薬などと比べると、パンデミック・ワクチンの配布計画の策定は難しい。その病気に感染し、発症し、診断され、治療を受けている人だけに投与される治療薬とは異なり、ワクチンの配布は基礎疾患などもない健康な人々も含め、すべての市民が対象となりうる。最終的に必要なワクチンの量は極めて多い。一方で生産容量の都合上、供給は徐々にしかなされないため、「誰を優先してワクチンの接種を行うか」の選択を政策的に行う必要が出てくる。しかも、ワクチンの効果と副反応に関する情報は、接種キャンペーンを行っている間でも次々と新しく現れうるため、最新の情報に基づいて常に接種のあり方の更新を検討する必要がある。

 さらに、ワクチンを接種することで便益を受けるのは被接種者本人だけではない。もしもワクチンに(本人の発症だけではなく)感染の拡散を防ぐ効果があるのであれば、周囲の人全員が被接種者経由での感染に怯える必要がないという恩恵を受けることができる。この場合、被接種者が十分に多くなれば、病気の拡散も止まり、流行が収束していくことも期待できる。また、重症化のリスクを減らし、医療機関の限られたキャパシティを温存することで、医療崩壊を未然に防ぐ効果も期待できる。このように、ある者の行動が他者の利益に影響を与えることを、経済学では「外部性」「外部経済」などと呼ぶ。外部性が大きい問題では、各々の市民に自由に行動させると、周囲の人にもたらす好影響が無視されてしまうため、社会全体として最適な配分が実現しないことが多いことが知られている。ワクチン配布の問題でも同様に、企業や市民の自由裁量に任せて配布を行うだけでは、望ましい結果にはならないことが予想される。

 筆者ら、経済学者(あるいはマーケットデザインの研究者)は、医学の専門家ではないので、どのようなファクターがCOVID-19の重症化のリスクを顕著に上昇させるかを一次的に判断する能力を持たない。また、社会の代表ではないので、社会の中のどの年齢層・どの産業の利益が優先されるべきかの価値判断も行うべきではない。しかし、予防接種・ワクチン分科会が発表している資料などを読む限り、概ね以下のような政策目標を達成すべく、ロジスティクスは検討されている。

1. 当然ながら、医療従事者には最優先で接種を行う。

2. COVID-19は年齢が非常に大きな重症化リスクなので、次に高齢者を中心に接種を行う。

3. いくつかの基礎疾患も大きな重症化リスクとなる。特定の基礎疾患を有する者についても、優先して接種を行う。(ただし、どの基礎疾患を対象とするか、基礎疾患の有無をどう判定するかは検討中)

 例えば、高齢者が居住する施設で働く人の優先順位をどうするか、妊婦のように、重症化リスクはあるとされる一方で、治験の対象とはなっておらず、ワクチンの有効性・安全性に対する検証がまだ行われていない人々にどう対応するかなど、他にも決定しなければならないことはたくさんある。また、基礎疾患については、年齢などと違って行政がデータを把握しきれていないという問題もある。しかし、大枠ではどこの国も、このような優先順位を設定とした上で、速やかに接種を進めることを目標としているようだ。

マッチング・マーケットデザイン

 一度、ワクチン配布にあたっての政策目標と制約が医学の知見や社会の合意として定まってしまえば、あとはいかにして政策目標に対してロジスティクスを最適化するかという問題になる。これは、工学や経済学の分野で盛んに研究されているトピックである。

 ワクチン配布は近年著しく研究が進んでいるマッチング・マーケットデザインの知見が生きる可能性がある課題だ。マッチング理論は、「誰が何をもらうか」「誰と誰がペアを組むか」というような問題について、望ましい解法を探求する学問である。ワクチンの接種を受けたい被接種者たちは、接種を受ける場所や時間、ワクチンの種類について選好を持っている。一方で、配布の方式を検討する政府の側にも、誰をどのように優先するべきかについて政策目標があり、ワクチン供給のロジスティクスに関する色々な制約を所与として、なるべく目標に沿う配分を実現したいと考えている。これは、まさにマッチング理論の問題だ。

 マッチング理論を応用した制度設計は、すでに生体腎移植、研修医の病院への配属、学校選択などの実務的な問題に対しては広く応用されている。また、COVID-19パンデミックに対しても、UTMDのメンバーでもあるParag Pathak氏の研究グループが、治療薬レムデシビルやワクチンの公平な配布に関して政策提言を行い、マサチューセッツ州やテネシー州のワクチン配布計画の策定に影響を与えている。 

予約の管理

 ワクチン配布のロジスティクスに関してマーケットデザイン的な検討を行う余地は色々あるが、ここでは古典的なマッチングのフレームワークに一番近い、ワクチン接種の予約管理(スケジューリング)について検討しよう。

 ワクチンは接種した瞬間から効果を発揮するものではないので、接種所に重症化リスクを抱える被接種者たちが密となる状況を作るのは望ましくない。また、COVID-19に対するいくつかのワクチンは冷凍された状態で保存されており、接種を行う前に溶解させる必要があるので、事前にどれぐらいの数の接種が行われるのかを見積もり、その数に応じて準備を行う必要がある。ゆえに、円滑かつ効率的なワクチンの接種を行うには、適切な予約システムの構築が必要となる。

 COVID-19 に対するワクチンは、複数の会社から、異なる作り方のものが提供されている。また、接種するワクチンの種類を固定したとしても、接種を受ける場所および時間はまちまちであり、被接種者はこれに対して異なる希望順位(選好)を持つ可能性がある。ワクチンの配布の予約管理は、個々の被接種者と、ワクチンを接種するスロット、すなわち「いつ、どこで、どのワクチンの接種を受けるか」をマッチさせるようなマッチングの問題として解釈することができる。

集権的メカニズムと分権的メカニズム

 一般的なマッチングの研究では、中央集権的な計画者が、被接種者の希望順位の情報を集め、その情報をもとに誰がどのスロットに割り振られるかを決定するようなマッチング・メカニズムの設計を検討する。ワクチン配布の文脈に即して言えば、自治体が予約を割り振る権限を独占し、被接種者は自治体に対して希望順位を申告し、自治体が被接種者にスロットを割り振り、医療機関(や、自治体が設置した臨時的な接種所)は自治体の設定した予約に従って接種を行うという形態だ。

 しかし、現在の日本でワクチン配布を行う場合、古典的なマッチング理論で考えられているような、集権的で一括の予約管理は現実的ではなさそうだ。第一に、日本では、(少なくとも平時では)医療機関は個々に予約管理を行っており、急に自治体ベースの予約システムに移行するためにはかなり入念な準備が必要だ。医療機関がワクチン接種以外の業務も行っていることまで踏まえると、十分に時間があっても移行が可能かは怪しい。この意味で、予約管理は分権的にならざるを得ない。第二に、ワクチン接種のような予約管理では、予約の申請を行った瞬間に予約が確定する構造が強く望まれる。古典的なマッチングの理論では、すべての情報を集約してから誰がどのスロットを得るかを決める問題が主に検討されてきたが、ワクチン配布の予約管理では、かなりの程度、予約が申請されるまでに得られた情報だけを使って、即座にどのスロットを割り当てるかを決める必要がある。(このような問題は、アルゴリズム理論の文献ではオンライン問題と呼ばれている。)

 整理すると、マッチング理論の文献が今まで築き上げてきた、複雑かつ洗練された集権的なマッチング・メカニズムはワクチン配布の問題には馴染まず、個々の医療機関が全体での最適性を考えずにバラバラに予約を管理する、分権的な方式を用いざるを得ないということだ。

混雑情報開示の効果

 集権的なメカニズムを入れられないなら入れられないなりに、いろいろとマーケットデザイン的検討を行う余地はある。例えば、マッチング理論の知見を使って、

1. 分権的な配布は上手くいくのか

2. 分権的な配布はどういう状況のときに上手くいくのか

3. 分権的な配布を上手くいかせるためにはどうすればいいのか

についての示唆を得ることができる。

図1

 まずは、単純な例をもとに、分権的な配布が上手くいく程度についての極めて基本的な結果を確認しよう。図1で考えられている例では、2人の被接種者と2つのスロットが存在している。被接種者Aはスロット1, 2の双方が利用可能であるのに対し、被接種者Bは(時間の都合が悪い、場所の便が悪い、提供されるワクチンの種類が合わないなどの理由で)スロット2でしか接種を受けることができないと仮定しよう。

 集権的に配布を行うことができるなら、このような状況ではもちろん、図の右側で示しているように、スロット2は被接種者Bに回し、スロット1を被接種者Aに配布するべきだ。そうすることによって、被接種者A・Bの2人ともがワクチンの接種を受けることができる。しかし、分権的に配布が行われる場合、このような配布の仕方は実現不能かもしれない。スロット1とスロット2が別の病院に管理されている場合、スロット2を管理する病院は、スロット1に空きが出ていることや、スロット2が被接種者Bにとって接種を受けられる唯一のスロットであることに気がつかず、図の左側で示しているようにスロット2を被接種者Aに回してしまう恐れがある。このため、分権的な配布を行うと、必ずしも集権的な配布を行ったときと同じ人数に接種を行えるとは限らない。

 それでは、分権的な配布を行うことによるロス(=ロジスティクスの失敗のせいで、接種を受けられなくなってしまう人数)はどの程度になるのだろうか。図1の例の場合だと、集権的な配布で接種できる最大の人数は2人であり、分権的な配布だとこれが1人になってしまうことになる。つまり、分権的な配布は、集権的な配布と比べると半分の効率になってしまうかもしれないということだ。

 実は、空きスロットがある限り、そのスロットで接種を受けられる被接種者が予約を取ろうと応募してくる状況では、分権的な配布を行ってもこれ以上効率が悪くならない。つまり、この「半分の効率」が、図1のような、制約が「1つのスロットにはn人までしか受け入れることができない」という、スロットごとの容量(キャパシティ)だけで表せる場合における最悪の比率であることが簡単に証明できる。どれだけスロットの種類・容量が多くとも、分権的にスロットの配布を進めていく中で、効率的な配布に失敗し、接種できる人数が減ってしまうのは、「他のスロットでも接種を受けられる被接種者」(図1の被接種者A)が、「そこでしか接種を受けられない被接種者がいるスロット」(図1のスロット2)を予約してしまうときである。このとき、本当は2人接種を受けられたはずなのに、1人しか接種を受けられないということになるが、これ以上悪い比率で接種を受けられる人が減ることは絶対にない。ゆえに、接種を受けられる人数が理想的なケースの半分未満になることは絶対にないのである。

 最悪のケースでも半分の効率というのは、通常のケースではより高い効率が達成されることが見込めるということだ。効率がちょうど半分になってしまう最悪の例は、どのスロットでも都合がつくフレキシブルな被接種者が、都合がつくスロットが少ない被接種者を最初から最後まで押しのけ続けるような極めて人工的な例で、そのような例は現実的には起きそうにもない。理論家の感覚として言えば、最悪のケースで半分の効率が保証できるなら、実務的にはかなり理想的なケースに近い効率が達成できることが期待できるという印象だ。

 しかし、この半分の効率を保証する結果というのは、「空きスロットがある限り、そのスロットで接種を受けられる被接種者が予約を取ろうと応募してくる」という仮定に強く依存していることを忘れてはならない。真に分権的に配布を行っている場合には、個々の病院に問い合わせをしなければ、空きスロットがあるかどうかを確認することができない。空きスロットが存在することが一目瞭然ではないならば、どこが空いているかを調べるために、あちこちに電話をしたり、実際に病院を訪れたりしてみないといけない。その場合、空きがあることを調べずに諦めてしまう被接種者も多いだろう。このような状況であれば、本当は接種を受けられるスロットが存在しているにもかかわらず、そのスロットが空いていることが誰にも気づかれないまま、接種の予約がなされないということもありうる。こういう場合には、「最悪のケースでも最高のケースの半分の被接種者が接種を受けられる」という定理は成立せず、接種を受けられる被接種者の数は際限なく悪く(理論的にはゼロにも)なりうる。

 これに対処するためには、どの病院で接種を受けられるかという情報に加え、どの病院にいつ空きスロットがあるのかについて、動的に情報を開示することが有効である。自治体が集権的に予約を管理するよりも、医療機関から情報を集約して一覧にして掲示するほうがハードルは幾分か低い。実際に、2009年の新型インフルエンザの流行時には、各接種所の混雑情報が円滑に共有されず、混乱が生じた。この反省を踏まえて、厚生労働省の予防接種・ワクチン分科会では、混雑情報を動的に開示するシステムを構築することが提案されている。(令和2年12月10日に開催された予防接種・ワクチン分科会資料1の26-36ページで説明されている V-SYS の機能の一部) この混雑情報の開示はワクチン配布の効率向上にあたって極めて有効な方策であり、医療機関がこのシステムに協力することには極めて高い社会的な価値がある。情報共有が医療機関の負担となるのではないかという懸念もあるが、それ以上の便益を見込めると思う。

バイアル制約の難しさ

 前節で確認したように、(個々のスロットの容量以外に)制約のない単純なマッチングの問題では、空きスロットに関する情報が上手く共有されている限り、分権的な配布方法でも上手くいく。しかし、現実にはワクチンの配布政策には、分権的な配布のパフォーマンスを下げる色々な制約が介在する。例えば、接種を行うスタッフの配置・シフトや、ワクチンを保存するためのディープフリーザーのような医療資源をどう割り振るかによって、「どのスロットで予約を受けられるか」は変化しうるからだ。このような複雑な制約が介在する場合には、分権的な配布が上手くいく保証はない。

表1

https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000703859.pdf 18ページの表をもとに作成)

  ファイザー社 アストラゼネカ社 武田/モデルナ社
保管温度 -75℃±15℃ 2~8℃ -20℃±5℃
1バイアルの単位 5回分/バイアル 10回分/バイアル 10回分/バイアル
最小流通単位
(一度に接種会場に配送される最小の数量)
195バイアル
(975回接種分)
10バイアル(100回接種分)
※供給当初300万バイアル分
2バイアル(20回接種分)
※残り900万バイアル分
10バイアル
(100回接種分)
バイアル開封後の保存条件
(温度、保存可能な期間)
(室温で融解後、接種前に生理食塩液で希釈)
希釈後、室温で6時間
(一度針をさしたもの以降)
室温で6時間
2~8℃で48時間
希釈不要
(一度針をさしたもの以降)
2~25℃で6時間(解凍後の再凍結は不可)
希釈不要

 

 比較的シンプルかつ重要な例として、バイアル制約を紹介する。ワクチンは、供給に関する都合から、1人分ずつ包装されているわけではなく、複数人分が1つの包装に含まれている。この1単位の包装をバイアルと呼ぶ。ワクチンは生ものなので、一度開封してしまうと、長期の保存はできず、短期間で消費する必要がある。例えば、5人分が入っているファイザー社のワクチンを開封し、1人に接種した場合、残り4人が予約をキャンセルして接種所に現れなかったとしても、その4人分を翌日に回すことはできない。誰も代わりが見つからなければ、4人分は無駄になってしまうのだ。

 このような状況では、通常の医療機関の予約システムを流用してワクチン配布を行った場合、「半分の効率」が達成されることは保証されず、大きな無駄が発生する恐れがある。バイアルを消費しきれると予測して予約を取ったとしても、後から十分に予約を受け付けられるかは不確実だし、どうしても予約のキャンセルは発生する。集権的な予約管理システムがあれば、補欠要員に接種を行って無駄を減らすこともできるが、個々の医療機関では無駄を減らす対応にも限度がある。

 生産するのに時間がかかるワクチンを一刻も早く現場に届けるためには、大型バイアルを使った集団接種は有効である一方で、バイアルが大型化すればするほどロジスティクスの難易度は上昇する。実際、2009年の新型インフルエンザの流行時には、当初、20人分に相当する10mlバイアルのワクチンも製造されたが、ロジスティクス上の問題から、後に全量を1mlバイアルへ切り替えられたようだ。(参考: https://www.cas.go.jp/jp/influenza/backnumber/kako_04.html

 このバイアルの端数から出る無駄は、分権的な配布でも、接種所の数を絞り、個々の接種所で大量の接種を行えば軽減できる。しかし、接種所の数を絞れば、被接種者はより不便な場所での接種を強いられることとなり、接種にまつわる混雑のコストも増してしまう。COVID-19の蔓延によってあらゆる経済活動が滞っている現状では、被接種者に不便をかけることよりも接種の効率のほうが優先されるかもしれない。大型バイアルを上手く取り扱えるような、大がかりなシステムの変更には時間がかかるため、おそらくCOVID-19のワクチン配布には間に合わないだろう。しかし、いざというときにバイアルが大きくとも、利便性を損ねず、円滑に接種を進められる集権的なシステムを構築しておくことが、今後のパンデミックに対する長期的な準備として望ましい。この点はCOVID-19の脅威が過ぎ去った後も、マーケットデザインが引き続き考えていかなければならない課題だ。

啓発と勧奨の重要性

 ここまでの議論では、各被接種者の希望順位は所与であり、かつ既知であることを仮定していた。しかし、現実には、ワクチンの接種を受けたい人がどれぐらいいるか、その人たちがどれぐらい柔軟に医療機関のスケジューリングに対応してくれるかは、政策のあり方によって変化しうる。

 日本に先んじてワクチンの配布が進められているアメリカなどでも、ワクチンの接種を忌避する、あるいは保留する(様子見する)人はそれなりにいるようだ(参考: https://www.bloomberg.com/news/articles/2021-01-11/health-workers-balking-at-vaccine-are-tempted-with-pizza-ipads )。日本での接種が開始される頃には誰しもがワクチンの安全性を確信できる状況になっていることが望ましいが、そうなっているとは限らない。

 ワクチン配布のスケジューリングを円滑に進めるにあたっては、ワクチンを打ちたいという需要が高いことが望ましい。ぎりぎり需要と供給が釣り合っている程度では、個々の被接種者のスケジューリングに関する希望がまちまちであることから、空きスロットを上手く埋めることが難しく、ロスが発生しやすい。需要のほうが圧倒的に強い場合には、キャンセルが出た場合にも、バイアルの端数が出た場合にも、別に都合がつく被接種者を発見することが容易であり、貴重なワクチンを廃棄することを避けられる。限られた供給に合わせて需要を抑えるのではなく、マッチングの失敗によるロスを軽減するために、需要は高めに保ち続けるべきだ。

 需要を高めるためには、ワクチンの安全性に関する情報提供を積極的に行っていくことももちろんだが、被接種者に対しては何らかの報酬を用意することも検討するべきだ。ワクチンを接種することによって、周囲の者に感染を広げることを防げる可能性もあるし、その効果が実際には見込めなかった場合でも、医療機関に対する負担を軽減することができる。ワクチンの効果・副反応に対するデータも増加し、今後の接種政策のあり方にも好影響を与える。本人以外に与える利益を鑑みれば、被接種者に金銭的に報いることは公平性の点から見ても妥当と言える。例えば日本を含む多くの国で予定(あるいは実施)されている、ワクチン接種の無料化は、接種にかかる料金を国が補助金として支給しているのと同じことであり、金銭的な報酬の一種と言える。そして、最適な補助金の額が、接種にかかる料金をちょうどその分だという必然性はまったくない。被接種者に金銭を直接に配布するのは反発も招くかもしれないが、例えば、ワクチンが効果を発揮する時点以降から有効となるGoToポイントを付与するようなやり方も考えられる。このような方法を用いれば、感染の広がりを防ぎつつ、被害の大きい産業を救済したい政府の方針と一致するのではないだろうか。