公立高校入試制度の再設計に向けた提言: 単願制が引き起こす不公平とその解決策

 

概要

現在、多くの都道府県の公立高校入試制度では単願制または受験可能校数が厳しく限定された併願制が採用されており、生徒は限られた少数の高校しか受験することができない。このため、「成績の良い生徒が入学できないにもかかわらず、成績の悪い生徒が合格・入学する」という不公平な状況が頻繁に発生している。本稿では、この不公平を是正するために有用なマーケットデザインの学術知を、広く一般向けに、特に入試制度の設計に携わっている教育関係者の方々に向けて解説する。そして、マーケットデザインの知見を活かした新しい公立高校入試への制度の再設計を提言する。

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公開日:2021年10月8日

東京大学マーケットデザインセンター(UTMD) 学校選択制検討チーム

執筆担当(五十音順):

青井 七海 東京大学経済学部/UTMD リサーチ・アシスタント
今村 謙三 UTMD 特任研究員
小田原 悠朗 UTMD 特任研究員
鎌田 雄一郎 カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院 准教授/東京大学大学院経済学研究科 グローバル・フェロー/UTMD 招聘研究員
野田 俊也 東京大学大学院経済学研究科 講師/UTMD プロジェクト・マネージャー


目次

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1. はじめに

1.a. 都立高校入試制度を巡る直近の論争

1.b. マーケットデザインから見た入試制度の課題

2. 現行の高校入試制度の特徴

単願制の問題点1:  結果が公平ではない

単願制の問題点2: 合格可能性を巡る複雑な読み合いが生じる

単願制の問題点3: 経済的弱者に不利に働く

単願制の問題点4: 情報弱者に不利に働く

3. どのような入試制度が望ましいのか

ポイント1: 集権的な組織が、多数の高校の合否判定を一括して行う

ポイント2: 適切なマッチング・アルゴリズムで合否を決める

4. 公立高校入試へのマーケットデザインの導入事例

4.a. ニューヨーク市の事例

4.b. シカゴ市の事例

5. 都立高校入試とマーケットデザイン

5.a. 自校で入試を作成する高校の存在

解決策1: 受験者の学力水準が近い高校群をグループ化し、入試問題を共通化

解決策2: 複数の独自入試校の受験を許すが、受験校数を制限

5.b. 男女別定員

6. 補論: 単願制の利点に関する検討

7. まとめ

8. 参考文献

9. お問い合わせ先

 

1. はじめに

1.a. 都立高校入試制度を巡る直近の論争

 都立高校入試が物議を醸している。

 東京都は47都道府県の中で唯一、公立高校入試に男女別定員を採用している。男女で定員が異なると合格最低点に差が生じる可能性があるが、東京都ではこれが、女子生徒に不利に働く傾向が観察されてきた。例えば 2021年春の都立高校入試では、 男女別定員がなかった場合と比較して、女子691人、男子95人が不合格になったと東京都教育委員会は試算している(奥野, 2021)。つまり計800人近い生徒が、異性の合格した生徒よりも入試の点数が高かったにもかかわらず、男女別定員のために同じ学校に不合格となり、都立高校に入学できなかったのだ。男女間の不公平を解消するための緩和措置はすでにある程度導入されているが、この試算はその効果込みの結果であるので、現行の緩和措置は不十分であると言えるだろう。このような状況に抗議する東京ジェンダー平等研究会が集めた署名は、2021年9月末時点で3万を超えた。

 男女比を均等にすることの教育効果、私立高校入試への影響や、部活動等の男子種目の縮小を主張し、男女別定員の廃止に反対する声もあったが、東京都教育委員会は最終的に男女別定員の段階的廃止を決定し、来春(2022年春)の入試からさらなる緩和措置を取ることを決定した。この緩和措置によると、まず第1段階として、現状で一部の高校(男女別定員を採用する109校のうち42校)で実施されている緩和策(「定員の9割を男女別で合否判定し、残りの1割は性別を問わずに得点順で合格させる」というもの)をすべての全日制普通科の都立高校に広げる。そしてこの措置の影響を見つつ、時期を見計らって第2段階として得点順の合否判定の割合を2割まで増加させる。その後第3段階として、男女別定員を完全に廃止することが予定されている。

1.b. マーケットデザインから見た入試制度の課題

 2021年現在、 公立高校入試に男女別定員を採用する都道府県は東京都のみである。ゆえに「成績の良い女子生徒が入学できず、成績の悪い男子生徒が合格・入学できる」という不公平も、都立高校入試に特有の問題である。しかしながら、この問題を「成績の良い生徒が入学できず、成績の悪い生徒が合格・入学できる」というように、男女間での不公平に限らない文脈で捉えると、実は47都道府県ほぼすべての公立高校入試制度で同じ問題が発生していることが分かる。伝統的な入試制度に慣れ親しんでいると気付きにくいかもしれないが、「1校、あるいはごく数校だけしか受験できない」という多くの都道府県の公立高校入試に共通する基本的な構造が、高校入試をいたずらに不公平かつリスキーなものとしているのである。

 本稿を執筆する東京大学マーケットデザインセンター(UTMD)は、「マーケットデザイン」と呼ばれる数理的な分析を通じて望ましい制度を設計し、その社会実装を目指す学問の専門家集団である。マーケットデザインでは、社員と部署、家庭と保育園、研修医と病院など、様々な場面における人々と機関の望ましいマッチングの検討が行われており、 後述するように現実に世界中で学術知を生かした数多くの制度が導入されてきた。

 入試制度の設計はマーケットデザインで扱われるトピックの一つであり、上述の「単願制度の弊害」も含めた様々な入試制度の問題点ならびにその改善策については、すでに学術的知見が蓄積されている。本稿では、マーケットデザインの専門家ではない方々、特に入試制度の設計・運営を担当されている教育関係者の皆様に向けて、マーケットデザインの観点から現行の入試制度がどのような課題を抱え、それをどのように解決できるのかを解説する。

2. 現行の高校入試制度の特徴

 本稿では、現行の公立高校入試制度が抱える潜在的な改善点のうち、特に単願制、すなわち生徒は1校だけしか受験できないという点に注目する。複数の高校に出願できる併願制が採用されている都道府県もあるが、複数といってもたかだか数校だ。つまり、ごく少数の公立高校しか同時に受験できないという特徴は、47都道府県ほぼすべてに共通しているのである。また、本稿の議論は、受験できる高校の数が合格すれば入学したいと思っている高校の数と比較して小さくなりうる限り成り立つことが知られている。よって本稿では、議論を簡単にして要点をもっとも分かりやすく伝えるために、「生徒は1校までしか受験をできない」として議論を進める。

 多くの都道府県で単願制が導入・維持されている理由は、「志望度の高い生徒を選抜することができる」「高校ごとに柔軟に作問・採点が可能」「辞退者発生後の調整が容易である」などの利点によると考えられる。補論にて詳細な検討を行うが、我々が提言する入試制度を注意深く実装すれば、これらの利点の大部分を維持することができる。他方で、単願制にはいくつかの深刻な問題点が存在する。ここではこれらの問題点をそれぞれ詳細に議論する。後述するように、我々の提言する入試制度は、これらの問題点を克服するものである。

単願制の問題点1:  結果が公平ではない

 多くの都道府県において、公立高校入試では共通の入試問題が用いられている。例えば2021年度の都立高校入試では、全日制の164校のうち153校が共通入試問題を使用していた(東京都教育委員会, 2021)。つまり生徒たちは、高校間で共通の点数を持つ場合が多いということだ。入試では高校ごとに点数が高い者から順に合格となり、定員がちょうど満たされるところで合格最低点が定められる。

 

図 1: 単願制のもとで発生する不公平な状況。生徒1は高校Bの合格最低点を満たしており、(高校Aには入学できなかったので)高校Bに入学したいと思っているが、高校Bに入学できない。一方、生徒2は生徒1よりも点数が低いが高校Bに入学できる。

 

 ここで、合格最低点が高い高校Aと合格最低点が低い高校Bがあったとしよう(図1を参照)。生徒1は、高校Aを受験し、惜しくも不合格になってしまった。高校Aと高校Bの合格最低点に差があれば、この生徒の点数が高校Bの合格最低点よりも高いことはありうる。生徒1は高校Bを受験していれば合格していたはずであるが、(より合格するのが難しい)高校Aを受験したためにどちらにも入学できないのだ。この生徒が「高校Aに不合格となった場合は高校Bに行きたい」と思っていても、1校しか受験できないために高校Bに入学できない、つまり不合格となったのと同じように扱われるのである。ここで、この生徒1と、高校Bに合格最低点で合格した生徒2を比べると、生徒1は生徒2より点数が高いのにもかかわらず、生徒1は高校Bに入学できず、生徒2が合格、となってしまっている。このような状況はマーケットデザインの用語で「不公平(unfair)」と呼ばれ、問題視されている。

 不公平な状況は、しばしば参加者からの強い不満を引き起こす。例えば台湾は、2014年に新しい高校入試制度を導入した。この制度のもとでは、生徒は共通試験の点数を複数の学校の受験に使えるものの、第1志望でない高校においては、いくらかの減点が施された上で合否判定がなされる。この制度のもとでは生徒は第1志望を上手く選択しなければ合格を勝ち取るのが難しいため、単願制と同様に多くの不公平が引き起こされた。この不公平に対する不満は市民の間で強く、抗議活動が行われ、それは全国的なデモに発展した(Lee, 2014)。台湾は現在もこの入試制度を採用し続けているが、デモ直後の2015年には多くの地区で減点幅を小さくする制度変更が行われている(減点幅が0に近づくにつれ、台湾の制度は後述する公平な「受入保留アルゴリズム」に近づく)。日本でも、兵庫県などは台湾に近い入試制度を採用している。また、後述する米国シカゴ市における選抜高校入試では、教育委員会が入試結果の不公平性に気づいたことがきっかけとなり、入試制度の再編が行われた。

 図1とは逆の状況も発生しうる。「本当は高校Bよりも高校Aに行きたい」と思っていた生徒であっても、高校Aに不合格になることを恐れ、高校Bを受験する場合だ。単願制のもとでは、実際に試験を受けてみたら良い点数が取れていたとしても、高校Aに入学することは許されない。この場合も、この生徒は高校Aの合格最低点を超える点数を取っていたにもかかわらず、高校Aには入学できず、不合格になったのと同じように扱われることになる。前述の場合と同様、この生徒と高校A に合格最低点で合格した生徒を比べると、前者はより点数が高いのにもかかわらず第1志望の高校Aに入学できない一方、後者が合格となってしまっている。この状況も「不公平」である。

 都立高校の男女別定員に関して問題視されたのは、「点数の高い女子生徒が不合格となり、点数の低い男子生徒が合格になった」という状況である。この状況も、不公平なものであると言える。ここで我々が論じたことは、男女別定員の問題における不公平と同様な不公平が、実は多くの都道府県で採用されている単願制の公立高校入試制度のもとでも発生してしまっている、ということなのである。

単願制の問題点2: 合格可能性を巡る複雑な読み合いが生じる

 結果の不公平さとも密接に関係する論点だが、生徒は受験校を選ぶ際に、自分がどの高校なら入学できそうかを注意深く予測する必要がある。模試を繰り返し受けて自分の実力を確認し、人気のトレンドを読み、どの高校であれば「十分に魅力的で、しかも現実的な合格可能性がある」のかを考えなければならない。

 しかしながら、時間と労力をかけて十分に下調べを行っても、「自分がその高校に入学できそうか」を完全に予測することはできない。合格最低点は年々変わるため、前年度までの情報をもとにしても今年度の合格最低点を完全に予測することはできないし、そもそも自分が今年度の受験でどれだけの点数が取れるかは、試験を受けてみないと分からないからである。

 我々は現行の入試制度に慣れてしまっているため、この入試を巡る読み合いを当たり前のものと捉えがちである。しかしこの読み合いは、本来測られるべき生徒の学力とは無関係なものであろう。

単願制の問題点3: 経済的弱者に不利に働く

 公立学校は地方公共団体が設立した学校であり、その運営は税金によって行われている。学校教育を公が提供する目的の一つは、経済的弱者にも均等な教育機会を保証する点にある。教育基本法の第3条には、「国及び地方公共団体は、能力があるにもかかわらず、経済的理由によって修学困難な者に対して、奨学の方法を講じなければならない」ことが明記されている。しかし、現行の単願制は、この目的に沿わない。

 公立高校の受験で不合格となった生徒は、多くの場合、私立高校に入学する。2020年4月からは、高校授業料実質無償化を目指し、私立高校に進学する生徒に対する就学支援金の水準も引き上げられたが、完全な授業料無償化には至っていない。また私立高校においては授業料以外にも公立高校よりも高額な施設整備費などが必要であるため、通常私立高校は就学支援金を加味してもなお、公立高校よりもかかる費用が高い。私立高校授業料実質無償化が行われる以前のデータであるが、最新の文部科学省による調査(平成30年度子供の学習費調査)によれば、保護者が年間に実際に負担した学校教育費は、公立高校が平均280,487円だったのに対し、私立高校では719,051円であった。(うち授業料を除いた額は、公立高校は255,109円なのに対し、私立高校では489,025円であった。)

 裕福な家庭の生徒であれば、「公立高校に不合格となっても私立高校に行く選択肢があるから、合格可能性がやや低くても志望度の高い公立高校を受験しよう」と、公立高校入試ではリスクの高い受験を行うことも可能だ。他方で、私立高校への進学をなるべく避けたい経済的弱者の家庭の場合、人気の公立高校を受験して不合格になるリスクを避けるため、ほぼ確実に合格が見込める水準まで受験する公立高校を妥協する必要が出てくる。つまり、単願制の採用によって受験のリスクが増すのだが、この増大したリスクにより、本来公立学校が支援すべき裕福でない家庭が特に不利益を被ってしまっているのだ。

単願制の問題点4: 情報弱者に不利に働く

 単願制のもとでは、生徒は合格可能性と志望度を天秤にかけて受験校を選択する。ゆえに、合格可能性をできるだけ正確に予測できることは重要である。この単願制の特徴は、特に志望校に対する自分の合格可能性を判断しにくい情報弱者にとってマイナスに働く可能性がある。

 例えば、ある生徒にとって、例年合格最低点が高い高校Aが第1志望であり、相対的に合格最低点が低い高校Bが第2志望だったとしよう。この生徒は自分で集めた情報を用いて高校Aへの合格可能性を評価し、十分に合格する可能性があると判断できれば、高校Aを受験するだろう。他方で、もし情報を十分に入手することができず、高校Aに十分合格できると判断できなければ、やみくもに高校Aを受験するのはリスキーな選択である。その場合、安全策として第2志望の高校Bを受験するかもしれない。この状況では、本当はこの生徒に第1志望の高校Aに十分合格できる実力があったとしても、情報の不足が原因で受験自体を控えてしまうため、入学もできないのである。

 「単願制の問題点3」とも関連するが、受験情報に関する優位は、しばしば経済的な優位と相関することにも注意が必要である。生徒が自分の合格可能性を予測するためには、多くの模試を受験し、合格可能性に関して過去の生徒のデータに基づいた情報提供を(学習塾などから)受けるのが有効な手立てだ。これらのサービスを受けるためには当然ながら費用がかかるため、経済的弱者は受験情報の収集において不利となる。もちろん、模試の受験にも、学習塾の指導にも、生徒の純粋な学力を高める効果もあるだろう。しかしそれだけではなく、読み合いを有利にするための情報を得る手段という要素も含まれている。単願制を用いてしまうと、生徒の家庭の経済状況によって情報格差が生まれ、受験できる高校に格差を生じさせてしまう、というのが我々のポイントである。

3. どのような入試制度が望ましいのか

 ここまでは現行の入試制度の問題点を指摘してきた。ではマーケットデザインの観点からはどのような高校入試制度が望ましいのだろうか。上記の問題は1校しか受験ができないことに起因していたので、まずは受験できる高校の数を増やすことが挙げられるだろう。その際、考えるべきポイントは大きく分けて2つある。

ポイント1: 集権的な組織が、多数の高校の合否判定を一括して行う

 マーケットデザインで取られる手法においては、生徒はどの高校に行きたいかの希望順位表を、高校はどの生徒に来てほしいかの希望順位表(生徒の試験の点数及び内申点に基づいて作成される)を、それぞれ集権的な組織(例えば、都道府県の教育委員会)に提出する。その後、この集権的な組織が、提出された希望順位表に基づいて生徒と高校をマッチングさせる。

 逆に、合否判定をするのが集権的な組織ではない場合を考えよう。多くの生徒は複数の高校を受験し、各高校が別々に合否を決定する。すると複数の高校に合格する生徒が出てくる。これらの生徒はどの高校に行くかを決め、それ以外の高校を辞退するが、その決定は他の生徒にも影響を与える。そして、点数の高い生徒が辞退しない限り合格がもらえない生徒に仮に合格の通知が来たとしても、この生徒がより上位の高校からも補欠合格をもらっている場合には、直ちに入学するか否かの返答をしない可能性がある。このように、各高校が別々に合否を決定すると誰がどの高校に行くかがスムーズに決まらなくなってしまう。米国ニューヨーク市の高校入試の事例では、この問題は深刻であり、期限内にどこにも合格をもらえない生徒が大量に出てきてしまった。一方、各生徒が複数の高校に出願したとしても、集権的な組織が1人に1校までの合格を出せば、このような問題は生じない。

 幸い、日本の公立高校入試制度は、集権的な組織で運営することに適していると考えられる。 筆者らが調べた限り、2021年現在ではすべての都道府県で教育委員会が公立高校入試において(一部差し替えを認めるものの)共通の入試問題を作成しており、すでに入試業務は集権化されているからだ。

ポイント2: 適切なマッチング・アルゴリズムで合否を決める

 「マッチング・アルゴリズム」とは集権的な組織(教育委員会)が、提出された各生徒の高校に対する希望順位表と各高校が定めた生徒に対する希望順位表(例えば、すべての生徒を県内共通の試験の点数と内申点の合計に従って順位付けする)に基づいてどのように生徒と高校をマッチングするかを決める手続きのことである。マーケットデザインでは「受入保留アルゴリズム」というマッチング・アルゴリズムが良い性質を持っていることが知られている。

 受入保留アルゴリズムは、デイヴィッド・ゲールとロイド・シャープレーが1962年に発案したマッチング・アルゴリズムである。発案者の名前を取り、ゲール・シャープレー・アルゴリズムと呼ばれることもある。詳細な説明は数学的となるため本稿では省略するが、受入保留アルゴリズムは数多くの好ましい性質を満たすことが知られている。そして、米国のニューヨーク市やシカゴ市の公立高校入試、日本や米国における研修医の病院配属など、数多くの場面で利用されてきた実績がある。これらの功績が認められ、発案者のシャープレーおよびこのアルゴリズムの実装に携わってきたアルヴィン・ロスは、2012年にノーベル経済学賞を受賞している。(なお、アルヴィン・ロスはUTMDの招聘研究員である。)

 受入保留アルゴリズムは、上述した現行の入試制度の抱える課題を解決する。

単願制の問題点1」を解決 受入保留アルゴリズムは 「点数の高い生徒が不合格となり、点数の低い生徒が合格する」という不公平な状況がないことを保証する(この結果は、受入保留アルゴリズムが満たす「安定性」という性質から導かれる)。つまり、現行制度の分析の中で問題となった不公平性の問題が解消される。因みに、不公平な状況がないマッチングが複数あることもあるが、受入保留アルゴリズムはその中ですべての生徒に対して最も望ましい高校を割り当てることが知られている。
単願制の問題点2」を解決 受入保留アルゴリズムのもとでは、純粋に自分が行きたい高校を合格可能性にかかわらず行きたい順番に並べたものをそのまま希望順位表として提出することが最も得になる。このため、複雑な読み合いは発生しない。この性質は、「耐戦略性」と呼ばれる。
単願性の問題点3」を解決 上記の耐戦略性があるため、経済的弱者であっても「安全策を取って、志望度は低いが合格しやすい高校を第1志望にする」という選択を強いられることはない。
単願性の問題点4」を解決 さらに、耐戦略性があるため、生徒としてはどの高校ならば合格できるかを予測することに時間と労力を割く必要がなく、単に自分が思った通りの希望順位表を提出すれば良い。よって、合格可能性に関する情報の多寡が出願に関する戦略に影響することはない。

 

 また、生徒が正直に希望順位表を提出する耐戦略性は、教育政策や教育リソースの分配の観点からも利点がある。生徒の本当の希望順位がデータとして得られれば、どのような高校に人気があるのか、生徒は高校をどのような要因で選んでいるかを分析することができる。これにより、例えば「特色あるカリキュラムを持っている高校を生徒は実際にどの程度評価しているか」などを知ることができる。エビデンスを基にした政策決定を行うためには質の良いデータが必要不可欠であるが、耐戦略性のある受入保留アルゴリズムを使うことで、生徒がどの高校をどのように評価しているかという貴重なデータを得ることができるのである。こうしたことは、耐戦略性を満たさない(生徒の受験する高校がその生徒の真の第1志望とは限らない)現行の入試制度では困難であることに注意されたい。

 なお、受入保留アルゴリズムは、すべての公立高校の生徒に対する希望順位が一致していない状況でも機能する。このため、例えば以下のような状況においても適用が可能である。

高校によって、各科目に対する配点や、筆記試験と内申点の比重が異なる。
高校によって、面接・小論文・実技試験など、一部独自の試験を課す。(ただしこの場合、生徒は独自の試験をそれぞれ個別に受験する必要がある。)
近隣に住む生徒に優先権を与える制度や、自主的に加算点を与える高校が存在する。


 例えば日本や米国における研修医の病院配属では、病院の希望順位は面接等を通じて決まるため、病院ごとに研修医に対する希望順位は異なる。また、学校の近隣に住む児童・生徒に加算点(優先権)を与える制度は、米国ボストン市の公立学校選択制で採用されている。このような状況であっても、実際に受入保留アルゴリズムが適用され、問題なく機能し続けているのである。

4. 公立高校入試へのマーケットデザインの導入事例

マーケットデザインは米国・英国・ハンガリーなどの諸外国の入試制度の変更において一定の成功を収めている(Biró, 2008; Pathak and Sönmez, 2013)。この節では、米国のニューヨーク市とシカゴ市におけるマーケットデザインの知見を活かした入試制度の改革事例を紹介する。この2つの事例は、前提となる状況が日本の公立高校入試と近く、かつマーケットデザインの研究によって制度変更の是非がよく検証されている。

4.a. ニューヨーク市の事例

 2003年以前、ニューヨーク市の高校入試制度は大きな問題を抱えていた。生徒は第5志望までのリストを提出し、このリストをもとに各高校が別々に合否を判定していた。このため、複数の合格通知をもらう生徒が多数発生した。高校の側は、複数の合格通知をもらう生徒が辞退の返事をするまで、順位が低い生徒に対して合格通知を送ることができない。一方で生徒の側は、補欠合格となっている高校に今後合格する可能性がある場合、「滑り止め」になりうる高校に対して辞退の返事を送ることができない。結果として、合否判定の作業は停滞し、多くの生徒が期限内に合格をもらうことができなかった。

 妥協策として、ニューヨーク市は期限内に合格判定の出なかった生徒たちに対して、生徒の希望を無視した学校に割り当てる運用を行っていた。例えば、2003年の入学時には約10万人の生徒のうちおよそ3万人が希望順位のリストに含まれていない学校に通うことになってしまった。つまり、生徒の希望は無視され、公平性の観点からも大きな問題のある状況が生まれてしまっていたのだ。またニューヨーク市の高校の合否決定方法によると、生徒側は合格できそうな高校を予測し、それを高順位に載せるのが得策であり、不要な読み合いの問題が発生していた。

 これらの問題を重く見たニューヨーク市の教育委員会は2004年にアッティラ・アブデュルカディログル、パラグ・パサック、アルヴィン・ロスらマーケットデザインの研究者と協力し、受入保留アルゴリズムを基にした新制度を採用した。(なお、パラグ・パサックもUTMD招聘研究員である。)この新制度を採用した最初の2004年には、希望順位表に含まれていない学校に入学する生徒はおよそ3千人となった(Abdulkadiroğlu, Pathak, and Roth, 2005)。前年の旧制度のもとでは3万人の生徒が希望順位のリストに含まれない学校に入学していたことを考えると、大きな進歩と言えるだろう。

4.b. シカゴ市の事例

 シカゴ市の選抜公立高校入試では、実際に「単願制の問題点1」が動機となって2009年に制度変更が行われた。(選抜公立高校とは、進学実績に関して特に優れた9つの公立高校を指す。)2009年以前は、希望順位表を生徒に提出させるものの結局ほぼ第1志望にしか受からないという、単願制に近いような制度で合否を決定していた。しかし2009年、シカゴの教育委員会はこの従来の制度の欠陥に気づき、入試制度の変更を決定した。この際に教育委員会のCEOが発表した声明を、以下に引用する。

 シカゴ教育委員会は、市内の選抜公立高校に出願した8年生(訳注: 高校受験を行う学年の生徒)のデータを調べて、憂慮すべきパターンを発見しました。高得点を取った学生が、ある高校を希望順位リストで下位に順位付けしたというだけで不合格になっていたのです。シカゴ教育委員会のCEOであるロン・ヒューバーマンは、「信じられませんでした。ひどい話です」と述べています。シカゴ教育委員会関係者は水曜日に、選抜公立高校入試を新制度に移るとともに、受験をした学生には希望順位を再提出させると決定しました。

(Rossi (2009) の一部を筆者らが翻訳)

 シカゴ市の教育委員会が発見した問題とは、下位の選抜高校であれば十分に合格できる点数を取っているにもかかわらず、上位の選抜高校を受験してしまった(第1志望として選んでしまった)がために、どの選抜高校にも入学できなかった生徒がたくさんいるということだった。つまり、単願制に似た制度を使用しているために、不公平が発生していたのである。シカゴ市はこの問題を重視し、入試制度を本稿で紹介した受入保留アルゴリズムをベースにしたものに変更した。シカゴ市の入試制度はその後幾度かの制度変更を経ているが、現在に至るまで受入保留アルゴリズムをベースとしたものが採用され続けている。

5. 都立高校入試とマーケットデザイン

 受入保留アルゴリズムは多くの望ましい性質を持つことが知られており、マーケットデザインの社会実装において頻繁に使用されている。しかし、公立高校入試に実装する前に、このアルゴリズムの採用が最善か否かは注意深く検証されるべきである。各都道府県は固有の問題や事情を抱えているため、状況に応じてアルゴリズムを選択・修正する必要があるからである。実は、上記の諸外国のマーケットデザインの応用例においても、単純な受入保留アルゴリズムではなく、規制や慣習に合わせて修正したアルゴリズムが採用されている。

 では問題に応じてどのように受入保留アルゴリズムを修正すればいいのだろうか? この問いに対する最終的な回答は、固有の問題・事情を専門家が詳細にヒアリングした後でなければ行うことができない。そこでここでは、東京都の都立高校入試に受入保留アルゴリズムを適用する際に明らかに修正と工夫が必要なポイントを例示し、どのような修正がなされるべきかを検討するに留める。

5.a. 自校で入試を作成する高校の存在

 都立高校のうち、11校(主に「進学指導重点校」に指定されている都立高校)は、独自に入試問題を作成している。これらの高校は、生徒が自校の入試問題を解かない限り、生徒に対して希望順位を定めることができない。仮に単願制を廃止して受入保留アルゴリズムのような良い性質を満たすマッチング・アルゴリズムを導入したとしても、そもそも受験をするには独自の入試を受ける必要があるため、マッチング・アルゴリズムを機能させるには各生徒がこれらの高校を多数受験することが必須になる(しかし、各生徒が複数の高校を受験するとしても、マッチング・アルゴリズムを用いると合格はたかだか1校からしか来ないことに留意されたい)。現状でも、私立高校の入試は基本的に都立高校の入試とは別の日程で実施されている。これに倣って、独自試験を行う都立高校も別々の日程で試験を実施すれば、1人の生徒が(共通入試に加えて)複数の独自入試を受けることは可能である。しかし、1人あたりが試験を受ける回数が増えるのは、生徒にとっても高校にとっても負担となってしまう。

 この問題を緩和するためには、以下のような工夫が考えられる。これらの工夫は同時に実践する必要はなく、実務的な状況に応じて、導入へのハードルが低く、効果が高そうなものを選択して採用すればよい。

解決策1: 受験者の学力水準が近い高校群をグループ化し、入試問題を共通化

 「進学指導重点校」などに属する高校が独自の入試問題を作成する主要な動機は、全都立高校に共通する入試問題を用いると問題の難度が低すぎて適切な選抜ができないことだと考えられる。実際、都立高校のうち、最も進学実績の向上に重点を置いている「進学指導重点校」では7校のうちすべてが独自入試を実施している(国語・数学・英語の試験問題を自校作成のものに差し替え、理科・社会の試験は共通する試験問題を利用している)。一方で、「進学指導重点校」「進学指導特別推進校」「進学指導推進校」のいずれにも指定されていない137校はどれも、共通する試験問題を使用している。このことからも、試験問題の難度と受験者の学力のバランスが、独自入試を導入している基本的な理由であることがうかがえる。

 進学校が独自入試を課す主要な動機が共通試験より難しい入試問題を課したいことだとすると、進学校間で異なる入試問題を作成する必然性は薄い。進学校の間で共通の入試問題を用いることができれば、生徒が受ける公立高校入学試験の数は一般の共通のテストも含めて最大で2つであり、受験の負担を減らすことができる。また、進学校グループ内で共通のテストを用いれば、各高校がすべて独自に作問・採点している現状よりも、高校側の入試に関する負担も減るだろう。

 入試問題のグループ作成は、机上の空論ではない。実際、進学校グループ内で共通の入学試験を実施する制度(グループ作成)は、近年まで実施されていた。平成29年度(2017年度)東京都立高等学校入学者選抜検討委員会報告書によれば、入学試験の自校作成は、2001年度入学者選抜より現在まで実施されてきた。このうち2014年度から2018年度の入学者選抜では、グループ作成が実施されている。グループ作成は当初期待した効果が得られなかったという評価がなされ、2019年度からはまた各校が独自に作問をする体制に移行しているが、この判断はあくまでも「グループで入試作成+単願制」という枠組みが期待した効果を得られなかったことを意味するのみで、「グループで入試作成+受入保留アルゴリズムを活用」が機能しないことを意味しない。例えば、「グループ共通の問題にすることにより、受験生が各グループ内の高等学校を選択しやすくなる」という効果は、導入時には期待されていたにもかかわらず実際には観察されなかった効果として報告書中に取り上げられている。しかし、問題を共通にする一方単願制を維持するか、複数の高校に同時に出願する受入保留アルゴリズムを採用するかで、この効果の程度には大きな差が発生すると考えられる。

解決策2: 複数の独自入試校の受験を許すが、受験校数を制限

 各独自入試校が現状の入試体制を維持したいという要望を持っており、かつ試験監督や採点の手間を増やしたくないと考えている場合には、受入保留アルゴリズムを使いつつ、各生徒が受験可能な高校の数をある程度制限することで、手間の増大をある程度緩和するということが考えられる。受入保留アルゴリズムを用いたとしても受験校数が制限されている場合は不公平性や複雑な読み合いの問題を完全には解決することはできないが、1校しか受験できない現状と比べると問題が改善すると期待できることが研究で支持されている(Pathak and Sönmez, 2013)。実際、ニューヨーク市やシカゴ市の例では受験できる学校の数は制限されている。

5.b. 男女別定員

 「はじめに」で述べたように、東京都の都立高校は、全国の公立高校入試で唯一、男女別定員を設けている。結果的に男女で合格最低点に違いが生まれ、女子生徒への合格最低点が高くなる傾向があることが知られている。男女平等の観点から制度の見直しを求める署名活動に応じるかたちで、都教育委員会は男女別定員を段階的に見直し、最終的には性別で定員を分けることのない入試に移行することを決定した。具体的には以下の二つの点が決定されている。

全体の定員の1割を性別に関係なく得点順で合格者を決める(男女混合定員)緩和措置の対象校を拡大する。
段階的に男女混合定員の割合を増やす。

 このように男女別定員および男女混合定員が混在する場合でも、 受入保留アルゴリズムは多少の修正を加えた上で適用可能である。例えば、上述のシカゴ市の選抜公立高校入試では、過去には(アファーマティブ・アクションの一環として)人種別の定員と混合定員を加味して修正した受入保留アルゴリズムを採用しており、それを後に居住地域別の定員と混合定員を設定した方式へと切り替えている。また、ニューヨーク市の高校入試においても貧困家庭への定員と混合定員を設定している高校が存在するが、同様の修正を加えた受入保留アルゴリズムを採用している。男女別定員と男女混合定員が混在する場合でも、これらの事例と同様に、希望表提出などのシステム自体は変える必要がなく、受入保留アルゴリズムに修正を加えることで対処することができる。加えて、これらの修正のもとでも受入保留アルゴリズムが持つ利点の多くは成り立つ。実際にここで挙げたいずれの事例でも、受入保留アルゴリズムは現在に至るまで機能し続けている。

6. 補論: 単願制の利点に関する検討

 本稿では、単願制の問題点と、その改善策としての新しい入試方式の提言を行ったが、単願制がこれまで採用され続けてきたのには一定の理由がある。本節では、単願制の(支持者らが主張する)利点を整理し、より詳細な検討を加える。

単願制の利点1: 志望度の高い生徒を選抜することができる

 「単願制のもとでは、生徒は事前に受験する高校を1つ選択しなければならない。この1つだけという枠の中で志望してきた生徒はその学校への志望度が高いはずであり、そのような生徒には優先して入学機会が与えられるべきだ」という意見は、単願制の支持者の最も基本的な主張であろう。単願制やそれに似た方式を用いると志望度が高い生徒を選抜できる場合があることが、マーケットデザインの研究によっても示されている(Abdulkadiroğlu, Che, and Yasuda (2011) など)。

 ただし、生徒が受験する高校を選択する際には、志望度以外の様々な要素が影響することに注意しなければならない。生徒らは他の生徒の動向を考慮しつつ、志望する高校に対して自分の合格可能性がどれぐらいあるかを判断しなければならない(単願制の問題点2)。志望度が高くとも、経済的な理由などでリスクを取れず、受験を断念せざるを得ない場合もあるし(単願制の問題点3)、リスクの度合いを正確に測れないがゆえに受験を断念する場合もありうる(単願制の問題点4)。これらの事情は、生徒の志望度(その高校に入りたいという意思の強さ)とは無関係であり、制度が意図しない形でもふるい分けが行われてしまっているのだ。

単願制の利点2: 高校ごとに柔軟に作問・採点が可能

 各高校にはそれぞれ独自の特色があり、高校ごとにどのような生徒を入学させたいかの希望は異なる。受験する生徒が高校の要求する能力を持っているかを評価するため、高校ごとに独自に作問や採点を行いたいという要望は自然であろう。高校ごとに試験が個別に用意され、試験日程が統一されている前提であれば、生徒は複数の高校の試験を受けることができないため、単願制が自然な選択となりうる。

 しかしながら、高校ごとに独自に作問を行うのも労力が必要であるため、公立高校入試では複数の高校が同じ試験問題を作成することも多い。共通する試験問題で合否を決めているケースでは、採点基準の統一が適切になされれば、共通する筆記試験の結果をそのまま複数の高校での合格判定に利用することが可能であり、作問・採点の柔軟性に関する単願制のメリットは働かない。

 また、受入保留アルゴリズムを用いた入試制度に切り替えても、高校が独自入試を課す余地を残すことができる(「自校で入試を作成する高校の存在」を参照)。

単願制の利点3: 辞退者発生後の調整が容易である

 生徒が複数の公立高校を受験できる場合、入学辞退による欠員が発生すると大規模な再調整が必要となる可能性がある。これは、欠員に対処しようとして繰り上げ合格を行うと、繰り上げ合格した生徒がもともと合格していた高校で新たに欠員が発生するためである。

 例えば、生徒が1人当たり2校まで受験できる併願制が採用されている状況を考える。高校Bに合格したが高校Aには補欠合格となっていた生徒1が、(合格した別の生徒が入学を辞退して欠員が発生したなどの理由により)高校Aに繰り上げ合格となったとしよう。生徒1が高校Aへの入学を決めれば、高校Bの合格は辞退することになり、新しく高校Bに1人分の欠員が発生する。ここで、高校Cに合格し、高校Bに補欠合格となっていた生徒2が繰り上げ合格となったとすると、当初の議論と同様の過程が続く。結果として、1人の入学辞退者の発生により、非常に多くの欠員と繰り上げ合格の連鎖が発生し、調整に手間がかかってしまうのだ。

 単願制であれば、繰り上げ合格が別の公立高校に対して新たな欠員を生むことはないため、上記のような欠員と繰り上げ合格の連鎖は発生しない。他方で、複数の公立高校を同時に受験することを許した場合でも、本稿で述べた受入保留アルゴリズムはすべての公立高校に対して同時に合否判定を行うため、個々の生徒はたかだか1校の公立高校にしか合格しない。また、生徒は合格しても入学辞退する高校を希望順位表に載せても得をしない。これらの理由により、受入保留アルゴリズムのもとでは、入学辞退は頻繁には起こらないと考えられる。


 以上の議論より、利点1は単願制の問題点と表裏一体であり、利点2と利点3についても、我々が提案する受入保留アルゴリズムを注意深く実装すれば緩和・解決可能な問題だと評価される。

7. まとめ

 現行の単願制(および限られた少数の公立高校にしか同時に出願できない併願制)は、不公平な結果を生む、複雑な読み合いを引き起こす、経済的弱者に不利に働く、など多くの問題を抱えている。複数校の同時受験を許し、合格先の決定に受入保留アルゴリズムを使うことは、この問題に対する最も基本的な解決策である。米国・英国・ハンガリーなどの諸外国における公立高校入試では、旧制度から受入保留アルゴリズムを基にした新制度に移行して一定の成功を収めている。ただし、受入保留アルゴリズムを必ずしもそのまま採用するべきではなく、問題や状況に応じた修正を行う必要がある。どのような問題が起きており、それをどう改善したいかについては教育関係者が、問題に応じてどのような修正が必要かはマーケットデザインの研究者が、それぞれ知見を持っている。そのため、望ましい制度を設計し、導入し、実践していくためには、教育関係者と研究者の協力が必要不可欠である。

 本稿では、議論を分かりやすくするため、公立高校入試に焦点を当ててきた。しかし、市区町村レベルで行っている小中学校の学校選択制度などを含め、入試の設計というテーマに絞っても同様の議論が適用できる問題は多いと考えられる。これらの問題を解決・改善する上でも、マーケットデザインの学術知は有効なはずだ。

 2020年に設立されたUTMDには、最適な制度設計を探求するマーケットデザインを専門とする研究者が多く在籍しており、新型コロナウイルスのワクチン接種予約システムの設計や待機児童の数を減らす効率的な保育園の入園調整など、現実の問題の解決に関し、実際にマーケットデザインの知見を活かしてきた。このような知見は、公立高校入試改革を含む幅広い学校選択制の研究と社会実装にも役立つと、我々は考える。本稿を読み、制度の改善に向けた相談に関心を持った関係者の方は、ぜひUTMDに連絡してほしい。

8. 参考文献

奥野斐(2021)「男女別定員がなければ女子691人、男子95人が合格していたはず…都立高入試、来年から不公平是正へ」東京新聞 TOKYO WEB, https://www.tokyo-np.co.jp/article/132852

東京都教育委員会(2021)「東京都立高等学校入学者選抜学力検査結果に関する調査」https://www.kyoiku.metro.tokyo.lg.jp/admission/high_school/exam/release20210624_02.html

東京都立高等学校入学者選抜検討委員会(2021)「平成29年度東京都立高等学校入学者選抜検討委員会報告書」https://www.kyoiku.metro.tokyo.lg.jp/press/press_release/2016/release20160728_03.html

安田洋祐(編著)(2010)『学校選択制のデザイン―ゲーム理論アプローチ』NTT出版.

文部科学省(2019)「平成30年度子供の学習費調査」https://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/chousa03/gakushuuhi/kekka/k_detail/mext_00102.html

Abdulkadiroğlu, Atila, Yeon-Koo Che, and Yosuke Yasuda. “Resolving conflicting preferences in school choice: The ‘Boston mechanism’ reconsidered.” American Economic Review 101.1 (2011): 399-410.

Abdulkadiroğlu, Atila, Parag A. Pathak, and Alvin E. Roth. “The New York City high school match.” American Economic Review 95.2 (2005): 364-367.

Lee, I-chia. “Parents, teachers protest senior-high entrance process.” Taipei Times, June 22 (2014). https://www.taipeitimes.com/News/front/archives/2014/06/22/2003593367

Pathak, Parag A., and Tayfun Sönmez. “School admissions reform in Chicago and England: Comparing mechanisms by their vulnerability to manipulation.” American Economic Review 103.1 (2013): 80-106.

Rossi, Rosalind. “8th-graders’ shot at elite high schools better.” Chicago Sun-Times, November 12 (2009).

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